東京高等裁判所 平成6年(行ケ)46号 判決 1995年2月14日
東京都新宿区西新宿2丁目4番1号
原告
セイコーエプソン株式会社
同代表者代表取締役
安川英昭
同訴訟代理人弁護士
高橋隆二
同弁理士
菅直人
同
鈴木喜三郎
同
上柳雅誉
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
高島章
同指定代理人
山田益男
同
大野克人
同
奥村寿一
同
吉野日出夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成4年審判第4712号事件について平成5年12月22日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「パーソナル液晶映像表示器」とする発明(後に名称を「パーソナル映像表示装置」と訂正、以下「本願発明」という。)について、昭和57年12月24日、特許出願をした(昭和57年特許願第232547号)ところ、平成4年2月25日、拒絶査定を受けたので、同年3月26日、審判を請求した。特許庁はこの請求を平成4年審判第4712号事件として審理した結果、平成5年12月22日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、この審決書謄本を、平成6年2月8日、原告に送達した。
2 本願発明の要旨
「映像を表示する透過型カラー液晶パネルと前記透過型カラー液晶パネルの映像表示を拡大して虚像を生成するレンズ手段からなる映像表示ユニット、音声信号を出力する音声出力手段、及び前記映像表示ユニット及び音声出力手段を保持する保持手段を有し、前記映像表示ユニット及び前記音声出力手段は左右の目・耳に対応して各々2個設けられ、前記保持手段は頭部に装着するようにしたことを特徴とするパーソナル映像表示装置。」(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 昭和46年実用新案願第584334号(昭和48年実用新案公開第16726号公報)の願書に添付した明細書・図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「引用例1」といい、引用例1に記載の考案を「引用発明1」という。別紙図面2参照)には、「第1図において説明すると、1の部分にブラウン管またはそれと同じ働きをするものとレンズがあり、2の部分にイヤーフォンがあり、3は外からの光をさえぎるためのもので、4はアンテナ、5はテレビ本体とブラウン管、イヤーフォンをつなぐ導線、6はテレビ本体である。・・・またレンズを通して目に見える偽りのブラウン管までの距離と、左右の視線の交わる点までの距離は同じにしておく。本案の意義は、携帯に便利な事、ブラウン管、イヤーフォンがそれぞれ目・耳のそばにあるので人の邪魔にならない事、・・・ブラウン管が目の近くに固定されているので外からの光を容易に完全に遮断することができ、」(明細書1頁9行ないし2頁8行)なる記載がある。
昭和54年特許出願公開第52415号公報(以下「引用例2」といい、引用例2に記載の発明を「引用発明2」という。別紙図面3参照)には、「テレビ画像を表示するに必要なマトリクス型液晶パネルでは、十分な光量を得ないとコントラストが悪いということから、装置の内部に照明光源を用いるか、あるいは液晶パネルと反射板との距離をとるなどして、透過型として使用する必要がある。」(公報1頁下右欄11行ないし16行)、「周囲の明るさをそのまま利用したりすることにより、装置内部の照明光源が消費する電力をできるだけ小さくするものである。」(公報2頁上左欄10行ないし12行)との記載がある。
(3) 本願発明と引用発明1とを対比すると、引用発明1の「レンズ」は「レンズを通して目に見える偽りのブラウン管までの距離と、左右の視線の交わる点までの距離は同じにしておく」との記載があることから、本願発明の「映像表示を拡大して虚像を生成するレンズ手段」に相当するので、両者は、「映像を表示する装置と前記映像を表示する装置の映像表示を拡大して虚像を生成するレンズ手段からなる映像表示ユニット、音声信号を出力する音声出力手段、及び前記映像表示ユニット及び音声出力手段を保持する保持手段を有し、前記映像表示ユニット及び前記音声出力手段は左右の目・耳に対応して各々2個設けられ、前記保持手段は目・耳の近傍に装着するようにしたことを特徴とするパーソナル映像表示装置。」である点で一致する。
これに対し、本願発明の映像を表示する装置が「透過型カラー液晶パネル」であるのに対し、引用発明1は「ブラウン管またはそれと同じ働きをするもの」となっている点(相違点A)、本願発明の映像表示ユニット及び音声出力手段が「頭部に装着する」ものであるのに対し、引用発明1は「眼鏡」タイプの構成となっている点(相違点B)でそれぞれ相違する。
(4) 相違点Aについてみると、引用例2には透過型の液晶パネルを用いたポータブル液晶テレビ装置が開示されているから、引用例1における「ブラウン管又はそれと同じ働きをするもの」として、本願発明のような透過型カラー液晶パネルを採用することに格別の困難性はない。
相違点Bについてみると、本願発明の映像表示ユニット及び前記音声出力手段が「頭部に装着する」ものとなっているが、耳の近傍に音声出力手段を保持するため頭部にポータブル機器を装着することは、ヘッドフォンステレオ等で周知慣用されている装着法である。そして利用者の頭部に重量が平均してかかり、装着感がよく、ずれにくく、長時間の使用によっても疲れないとの効果にもその種のものと比較して差異はない。従って、引用例1のような眼鏡型の装着に代えて本願発明のような構成を採用することは当業者が容易に想到し得るところである。
そして、本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、引用発明1、2から当業者であれば容易に予測することができる程度のものであって、格別のものとはいえない。
なお、請求人(原告)は、平成5年4月8日付け上申書で、特許請求の範囲の記載の補正を願い出ているところ、その補正内容に係る発明について検討してみたが、結論に差異がなかったので、補正の機会を与えることなく、審判請求時の明細書に基づいて審決をしたものである。
(5) したがって、本願発明は、引用発明1、2に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができない。
3 審決の取消事由
審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、本願発明と引用発明1が保持手段を目・耳の近傍に装着する点において一致するとした点及び相違点Bにおいて本願発明の映像ユニット及び音声出力手段が「頭部に装着する」ものであるとした点は争うが、その余は認める。同(4)、(5)は争う。審決は、一致点を誤認して相違点を看過するとともに、各相違点の判断を誤り、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。
(1) 一致点の誤認(取消事由1)
審決は、本願発明と引用発明1は「・・・前記保持手段は目・耳の近傍に装着するようにしたこと」である点において一致すると認定した。
しかし、本願発明の保持手段が頭部に装着するものであることは特許請求の範囲の記載から明らかであるから、上記の一致点の認定は誤っている。
被告は上記認定の趣旨は「(映像表示ユニット及び音声出力手段を保持する)保持手段は(当該映像表示ユニット及び音声出力手段がそれぞれ)目・耳の近傍に(配置されるように)装着するようにした」との意味であると主張するが、審決は、本願発明の保持手段が頭部に装着するものであることを認定していないばかりか、相違点Bの認定において、「頭部に装着する(もの)」は映像ユニット及び音声出力手段であると明確に認定しているのである。保持手段が、目・耳の近傍に装着されることと、頭部に装着されることは技術的意味が異なり、本願発明は、後者の構成を採択したことにより、「利用者の頭部に重量が平均してかかり、装着感がよくずれにくく、長時間の使用によっても疲れない」(平成4年4月27日付け手続補正書2頁17行ないし19行)という作用効果を奏することは明らかである。したがって、被告主張のように審決の事実認定の趣旨を善解することはできないから、被告の主張は失当である。
(2) 相違点についての判断の誤り
審決は、各相違点についてそれぞれ別々に独立して判断しているが、発明の進歩性は構成要件の組合せの困難性を判断することであるから、審決の上記の判断方法は発明の一体性を無視したものであって、誤りである。また、構成要件の組合せの困難性は常に技術的課題との関係で判断しなければならないところ、審決は本願発明の技術的課題について全く検討することなく安易に個々の構成の違いのみに着目して判断したものであり、この点においても審決の判断方法は誤りである。
<1> 相違点Aについての判断の誤り(取消事由2)
本願発明の技術的課題は、パーソナルユースの映像表示装置で、しかも使用者の目に疲れが少なく長時間の使用に耐え健康を害することがなく他人に迷惑をかけることのない「安全なパーソナルユース」の映像表示器を提供することにある。
ところで、本出願前においては、ブラウン管の電磁波が健康に有害であることは知られていなかった。VDT(Visual Display Terminal)作業に関する人間工学的(エルゴノミクス)研究は、1978年頃から行われているが、眼医学的な研究は、日本国内において1986年に研究班が作られ、始まり、その後、種々の研究が行われ、ようやく1980年代後半になって各種の研究成果の発表がみられるようになったものであり、本出願時においては、CRTによる電磁波の健康影響は不明であった。このように、VDTに関するエルゴノミクス研究は本出願時においてはその端緒があっただけで、CRTと液晶とではどちらが人間の健康にやさしい映像装置であるかは知られていなかった。また、液晶パネルには、透過型パネルと反射型パネルがあったところ、そのいずれが健康に望ましいかは本出願時においては不明であったが、その後の研究の結果、反射型液晶パネルは疲労を与え易いことが判明した。
以上のような、研究状況からすると、本出願前に前記のような本願発明の技術的課題を認識することが困難であり、透過型液晶パネルを選択する動機づけを見いだすことができないことは明らかであり、したがって、相違点Aに係る本願発明の構成を想到したことを容易であるとした審決の判断が誤りであることは明らかである。
<2> 相違点Bについての判断の誤り(取消事由3)
まず、本願発明の「保持手段」についてみると、その機能は、本願発明の特許請求の範囲の記載のみから明らかであるとしても、その機能を実現するための具体的な構成が明らかにされているものとはいえない。そこで、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌すると、本願明細書には、キャップ状タイプの保持手段が開示されており、その具体的保持手段によって本願発明の作用効果を奏するものであるから、本願発明の「保持手段」は、キャップ状タイプのものに限定されるべきものである。
ところで、透過型液晶パネルの健康面への影響は、前項に述べたとおり、本出願時においては未知であったから、当業者が保持手段をキャップ状タイプのものとすることを想到し得た筈はないし、また、かかる組合せから生ずる本願発明の奏する作用効果を当業者が予測することは有り得ないことといわなければならない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。
1 取消事由1について
本願発明の「保持手段」は特許請求の範囲の記載によれば、「映像表示ユニット及び音声出力手段を保持する保持手段」であって、該「保持手段は頭部に装着するようにした」と記載されている。この保持手段を頭部に装着するようにしたのは、保持手段の保持する映像表示ユニット及び音声出力手段が、左右の目・耳に対応して位置決めされるようにするためであることは「前記映像表示ユニット及び前記音声出力手段は左右の目・耳に対応して各々2個設けられ、」なる記載から自明である。すなわち、該保持手段は単に映像表示ユニット及び音声出力手段を一体的に保持する保持手段であるだけでなく、本装置を頭部(身体)に装着したときに映像表示ユニットが目に対峙し、音声出力手段が耳に対峙するよう位置決めする手段を兼ねたものでもある。
ところで、原告は、「頭部に装着されるものは保持手段であって、映像表示ユニットや音声出力手段が装着されるものではない。」と主張するが、審決は、「映像表示ユニットや音声出力手段そのものが頭部に装着される」といっているものではなく、「保持手段そのものが目・耳の近傍に装着される」といっているものでもない。これら「映像表示ユニット」と「音声出力手段」及び両ユニットを一体的に保持する「保持手段」なる構成要素を個々に分解して述べているのではなく、両ユニットが保持され、位置決めされた一体構造の装置として論じているのである。
要するに、審決は、本願発明と引用発明1は、身体に装着すると映像表示ユニット及び音声出力手段がそれぞれ目・耳の近傍に配置されるように一体的に保持手段により保持された装置としては同一で、本願発明は頭部に装着するタイプのものであるのに対し、引用発明1は目・鼻・耳に装着する眼鏡タイプのものである点で相違すると認定したものであることは、審決を素直に読めば明らかであるから、審決の認定に誤りはない。
2 各相違点の判断について
審決が、各相違点についての判断において、互いに他の相違点との関係を論ずることなく、それぞれの容易性を判断していることは原告が主張するとおりである。
しかし、審決において相違点を区分して抽出する際には、当然に区分した構成要素間に格別の関連がないことを検討した上で行っている。容易性の判断において、組合せの総合判断を必要とするのは構成要素間に格別の関連性があるとき、すなわち、その組合せによる相乗効果のあるときである。そして、審決では、更に「本願発明の要旨とする構成によってもたらされる効果も、引用例1、2に記載された発明から当業者であれば容易に予測することができる程度のものであって、格別のものとは言えない。」と組合せも含めて全体的に相乗効果のないことも検討して判断しており、進歩性の判断方法に誤りはない。
<1> 取消事由2について
本出願時点において、CRTと液晶パネルとではどちらが人間の健康に優しい表示装置であるかがはっきりと結論付けられていたか否かは、本願発明が当業者に容易に発明できたものであるかの判断に重要な意味を持つものではない。
本願発明は、映像表示装置として透過型カラー液晶パネルを必須の構成要件としているが、引用例1には、映像表示器として「ブラウン管またはそれと同じ働きをするもの」と記載されており、本出願時点では透過型カラー液晶パネルが周知の表示手段であって、本願発明の透過型カラー液晶パネルが健康面から格別の工夫がなされたものでもないことを勘案すれば、表示手段として単に透過型カラー液晶パネルを採用しただけのことであって、その採用に格別の困難性はなかったというべきである。なお、原告は、透過型カラー液晶パネルを選択したことにより、出願時には当業者も予測しえなかった効果が得られたと主張するが、本願明細書には「B)健康に有害な電磁波の発生」「C)高圧電源の使用」の2点について液晶パネルとブラウン管の対比記載があるだけで、透過型液晶パネルと反射型液晶パネルの健康上の作用効果については何も記載されていない。VDT作業においてCRTと液晶パネルとでは、また液晶パネルであっても透過型と反射型とでは総合的にみてどちらが健康に優しい表示装置かという議論は、本出願後のエルゴノミクス研究でなされてきたことであり、本件審理とは無関係の事柄である。
また、原告はブラウン管の電磁波が健康に悪影響を及ぼす事実については本出願前周知ではなったと主張するが、CRTディスプレイから出る電磁波が健康上問題があるのではないかとの疑惑は本出願前から指摘されていたのであるし、CRTは高圧を用いる点においても使用上の安全性が求められてきたところであるから、電磁波の発生や高圧使用の問題のない液晶パネルはその点ではCRTより健康上の不安が少ないことは本出願時点において自明であったというべきである。
以上のとおり、本願発明の相違点Aに係る構成は、表示手段として周知のものの中から単に取捨選択しただけのことであって、その点に格別の困難性はないし、キャップ状タイプ等の頭部に装着する保持手段との組合せによる相乗効果があるとも認められない。
<2> 取消事由3について
原告は、本願発明の「保持手段」はキャップ状タイプのものに限定されると主張するが、失当である。すなわち、本願発明の特許請求の範囲には「保持手段は頭部に装着するようにした」と記載されており、この記載に接した当業者であれば、ヘッドフォンタイプ、バンドタイプ、帽子(ヘルメット)タイプなど種々の態様が想起できる。「キャップ状タイプ」のものは上位概念である「頭部に装着する」保持手段の1態様であって、もし保持手段がキャップ状であることを本願発明の必須の構成とするならば、原告は特許請求の範囲にその様に特定して記載しなければならなかったのである。したがって、このような特定のない本件において、保持手段がキャップ状タイプに限定されないとした審決の認定に誤りはない。
ところで、審決は、相違点Bにつき、「頭部にポータブル機器を装着することはヘッドフォンステレオ等で周知慣用されている」ことを挙げて容易性を説示しているところ、軽量簡便なイヤーフォンであれば、単に耳に差し込むタイプのものがあるが、本格的なイヤーフォンになれば重量も増し、長時間安定的に使用するため頭部に装着するヘッドフォンタイプとなることは周知であるから、長時間安定した装着を意図してこの種のものを選択することに格別の困難性はないのであり、相違点Bについての審決の判断に誤りはない。
また、本願発明が引用発明1、2の奏する作用効果の総和以上の格別の作用効果を奏するものとも認められないから、この点についての審決の判断にも誤りはない。
第4 証拠
証拠関係は書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。
2 本願発明の概要
いずれも成立に争いのない甲第2号証(本願発明の昭和59年特許出願公開第117876号公報)及び同第4号証(平成4年4月27日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は、以下のとおりである。
本願発明は、レンズと液晶表示パネルを用いた画像品質の良いコンパクトなパーソナル液晶映像表示器に関する発明である。液晶パネルを映像表示手段としたポケッタブル・テレビ、腕時計テレビ等の映像表示器が各種提案されているが、これらの多くは反射型液晶パネルを使用しているため、コントラストが不足し、映像画質が悪く、カラー表示化が困難であり、表示画面が小さく、これを大きくすると高価になる等の欠点を有していた(公報2頁左上欄13行ないし右上欄4行)。本願発明はこれらの欠点の解消を課題としたものであるが、さらに、透過型液晶表示パネルとレンズ手段を保持手段で一体的に構成することによりコンパクトな見やすいパーソナル液晶映像表示器とすること、ヘッドフォンを表示部の保持手段と一体的に構成することにより、音声、表示出力共他人に迷惑をかけることのない完全なパーソナルユースであるパーソナル液晶映像表示器を提供することを目的とするものであり(公報2頁右上欄5行ないし同欄末行)、かかる目的を実現するべく要旨記載の構成を採択したものである(公報2頁左下欄1行ないし11行)。本願発明は、<1>小型液晶パネルの拡大像(虚像)を見ることができるから、小型軽量のパーソナル映像表示装置を提供できる、2つの拡大像を明視距離で両眼で見ることができ、かつ、左右の耳に対応して音声出力手段が設けられているから、臨場感があり、目が疲れない、<2>液晶パネルを用いるから、ブラウン管のように健康に有害な電磁波を画面から発生せず、また、<3>高圧電源を必要としないから、身体に対する安全性が高く、さらに、<4>装置全体を小型、軽量、低消費電力とすることが可能となる、<5>画面の表面形状が平面である液晶パネルを用いるから、レンズの拡大に伴う収差の発生がない、<6>映像表示ユニットと音声出力手段を保持する保持手段を頭部に装着することから、利用者の頭部に平均して重量がかかり、装着感がよく、ずれにくく、長時間の使用にも疲れない、<7>透過型液晶パネルを外光で照明して使用するので、圧迫感、密室感がない、<8>透過型のカラー液晶パネルを用いるからコントラストが高く、画像品質がよい、<9>拡大鏡等の光学要素と組み合わせることにより、顕微鏡や望遠鏡等の用途にも使用できる、などの作用効果を奏するものである(手続補正書1頁下から2行ないし3頁末行)。
3 取消事由1について
原告は、本願発明と引用発明1は、「前記保持手段は目・耳の近傍に装着する」点で一致するとした審決の認定は誤りであると主張するので、以下、この点を検討する。
当事者間に争いのない前記本願発明の要旨によれば、本願発明は、映像表示装置である透過型カラー液晶パネルとその映像を拡大して虚像を生成するレンズ手段からなる映像表示ユニット及び音声出力手段(以上はいずれも目・耳に対応して2個ずつ設けられる。)並びに頭部に装着する映像表示ユニット及び音声出力手段の保持手段からなることは明らかである。
そこで、審決は、引用例1に記載の技術的事項を認定のうえ(この認定事項については当事者間に争いがない。)、本願発明を引用発明1と対比し、両発明間には相違点A及びBがある以外は一致するとしたものであり、このうち相違点Aは、映像表示装置の違い(本願発明は、「透過型カラー液晶パネル」であるのに対し、引用発明1は「ブラウン管またはそれと同じ働きをするもの」)であることは当事者間に争いのない前記審決の理由の要点に照らして疑問の余地がない。
ところで、審決は、一致点の摘示において、「前記保持手段は目・耳の近傍に装着するようにした」点で両発明は一致するとし、また、相違点Bの摘出に当たり、「本願発明の映像表示ユニット及び音声出力手段が「頭部に装着する」もの」との説示をしているところ、原告は、上記の一致点の説示の趣旨は、本願発明の保持手段は「目・耳の近傍に装着するようにした」ものであるとし、また、相違点Bについての「頭部に装着する」ものは本願発明の映像表示ユニット及び音声出力手段であると理解されるとして、これらの認定は誤りであると主張する。
そこで、まず、相違点Bに関する上記の説示の趣旨についてみると、相違点Bについての審決の判断は、当事者間に争いのない前記の審決の理由の要点によれば、周知慣用の装着法としてヘッドフォンステレオを挙げるとともに、装着感がよく、長時間の使用によっても疲れない等の頭部に装着する方法の利点を挙げていること並びに引用発明1の眼鏡型の装着法との置換の容易性を論じていることからみて、保持手段の置換容易性を説示していることは明らかであるといわなければならない。そうすると、審決の前記「映像表示ユニット及び前記音声出力手段が「頭部に装着する」もの」との趣旨は、映像表示ユニット及び音声出力手段自体が頭部に装着されることを意味するものではなく、上記の説示の仕方は必ずしも適切とはいい難いとしても、映像表示ユニット及び音声出力手段を保持する保持手段が頭部に装着するものであることを説示したものであると解するのが相当である。
してみると、審決は相違点Aとして両発明の映像表示装置の種類を、また、相違点Bとして保持手段の違いをそれぞれ摘出し、その余の構成において両発明は一致するとしたものであることは明らかである。
そこで、以上を踏まえて、前記の一致点に関する「前記保持手段は目・耳の近傍に装着するようにした」との説示部分についてみると、既に説示したとおり、両発明の保持手段は相違点Bに摘出されているのであるから、前述のとおり上記の説示部分の表現は適切とはいい難いが、既に説示した本願発明の構成及び前に説示した審決の摘出した各相違点からすると、保持手段自体に関するものではなく、保持手段によって保持された映像表示ユニット及び音声出力手段を意味するものと解するほかはないというべきである。
そうすると、結局、原告の主張は審決を正解しないものといわざるを得ないから、採用できず、取消事由1は理由がない。
4 取消事由2及び3について
原告は、審決が各相違点を別々に判断したことを非難するところ、その趣旨は両相違点に係る本願発明の構成の組合せの困難性を主張するものであると解されるので、まず、各相違点についての審決の判断の当否について検討した上で、両相違点の組合せの容易性についても検討することとする。
(1) 取消事由2について
引用例1に映像表示装置に関し、「ブラウン管またはそれと同じ働きをするもの」との記載があり、また、同2にテレビ画像表示装置に関し、「透過型液晶パネル」の記載があることは当事者間に争いがない。
上記のように引用例1は映像表示装置を「ブラウン管」に限定するものではないから、映像を表示するという意味では同じ働きをする「透過型液晶パネル」も、他にそれを採用する障害となる事情がない限り、上記の「同じ働きをするもの」に該当するものと考えられる。
ところで、原告は、本出願時における「ブラウン管」映像表示装置の人の健康に関する知見をもってしては、いまだ健康に対するブラウン管から発生する電磁彼の悪影響は充分に知られていなかったので、健康を害することのない安全な映像表示装置を提供するという本願発明の技術的課題を解決するために、ブラウン管に代えて透過型液晶パネルを採用する動機がないと主張し、審決の想到容易性の判断を非難する。
しかし、いずれも成立に争いのない甲第7ないし第15号証によれば、これらの技術文献はいずれも本出願後の1983年以降に刊行されたVDTに関するエルゴノミクス研究についての論文であって、この研究が本出願後に進展した経緯を認めることができる。そして、前掲甲第4号証によれば、本願発明の技術的課題として、前記2認定の各欠点の解消が記載されているが、原告主張の健康影響については記載されておらず、ただ作用効果について、電磁波の排除により目が疲れず健康上安全であることが記載されているにすぎず、上記のような研究に関連した観点からの記載を見いだすことはできないから、本願発明が原告主張の技術的課題を解決するために透過型液晶パネルを採用したものであると断定することは困難といわざるを得ない。
また、上記の電磁波の健康影響については、前掲甲第11号証(日経パソコン1994年8月29日号)には、電磁波が健康に悪い影響を与えるか否かについては既に20年以上前から論じられており、スウェーデンでは1960年から大規模な調査が開始されたとの記事が掲載されており(163頁)、この事実からすると、本出願前において電磁波による健康影響問題の解決という技術的課題は周知の事項であったものとみて差し支えがないというべきである。そうすると、健康を害することのない安全な映像表示装置を提供するという技術的課題は当業者に周知のものであり、その解決のためにブラウン管映像装置に代えて液晶パネルを採用することは当業者にとって格別困難なことであったとはいえない。
しかも、原告の上記主張は、液晶型パネル採用の積極的動機づけの主張であって、その採用の障害事由の主張ではないところ、液晶型パネル採用の動機は上記のようなブラウン管の健康影響の問題に限定されるものではない。現に、成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例2には、ポータブル液晶テレビ装置に関し、液晶パネルの利点として低消費電力が挙げられており(2頁左上欄3、4行)、第4図に示された実施例では、野外光等を利用することにより内部照明電源の使用を不要とした透過型液晶パネルが示されている(前同頁右上欄12行ないし18行)ことが認められるのであり、この点は本願明細書においても本願発明の作用効果として低消費電力化を挙げていることは既に認定したとおりであるから、低消費電力化という技術的課題を達成するために、当業者が本願発明における透過型液晶パネルを採用することを想到する動機は存在するのであり、透過型液晶パネルの採用の動機を健康への影響を避けるという技術的課題のみに限定する原告主張はこの点においても誤っているといわざるを得ない。
したがって、取消事由2も理由がない。
(2) 取消事由3について
原告は、本願発明の保持手段は、キャップ状タイプのものに限定されると主張するので、まず、この点から検討する。
本願発明の保持手段が特許請求の範囲において「頭部に装着するようにした(もの)」と規定されていることは当事者間に争いがない。ところで、成立に争いのない乙第1号証(昭和47年実用新案出願公告第4008号公報)には、「ヘツドホーン式の頭載型ステレオ受信機」に関する考案につき、「頭載型ステレオ受信機によれば、聴取者自身が作業中あるいは移動中であつても、外界雑音の多い場所であつても自由にステレオ放送を聴取することができる。」(4欄8行ないし11行)との記載が認められるところ、上記の公報の刊行から本出願まで約10年が経過していることからみて、パーソナルユースの音響機器の技術分野において上記のような保持手段は周知の技術的事項であったものと認めて差し支えがないというべきである。そして、本願発明のパーソナル映像表示装置と上記認定のようにパーソナルユースの音響機器は技術分野が近接したものであるから、本願発明の保持手段についての特許請求の範囲の前記記載に接した当業者が、本願発明の保持手段に前記のような本出願前周知の「ヘツドホーン式」を少なくとも含むものと理解するであろうことに疑問の余地はない。確かに、前掲甲第2号証によれば、本願発明の実施例における保持手段30はキャップ状タイプのもののみが示されているが、発明の詳細な説明を精査しても、上記のものに限定される趣旨の記載を見いだすことはできず、上記の実施例は本願発明の保持手段の1例を示しているにすぎないものと解するのが相当である。してみれば、特許請求の範囲の記載において「頭部に装着する」という以外、何ら装着方法を限定していない本願発明において、少なくとも本出願前周知の「ヘツドホーン式」を含むものであることは一義的に明白であり、これがキャップ状タイプに限定されるとの原告主張は採用できない。
そこで、進んで相違点Bについての審決の判断の当否についてみると、前記認定の「ヘツドホーン式」の保持手段が周知であったことからすると、装着感の良さや疲れにくさ等の観点から、引用発明1の眼鏡型の保持手段に代えて上記のような保持手段の採用を試みることに格別の困難性は認め難く、したがって、審決の相違点Bについての判断に誤りはない。
なお、原告は、透過型液晶パネルの健康面への影響は、本出願時においては未知であったのであり、この未知であるものを本願発明のキャップ状タイプの保持手段に保持することを当業者が想到し得た筈はないと主張するが、保持手段の選択は装着感の良さや疲れにくさ等の考慮要素から決定されるのであり、これが透過型液晶パネルの健康面への影響問題と直接的な関連を有することを窺わせる証拠はなく、また、保持手段はキャップ状タイプのものに限定されないことは既に説示したとおりであるから、いずれにしても原告の上記主張は採用できない。
(3) 原告は、審決は本願発明の顕著な作用効果を看過した旨主張するので、以下、この点について検討する。
本願発明の奏する作用効果の概要については、既に本願発明の概要の項に説示したとおりである。
そこで、その主要なものについてみると、<1>小型軽量のパーソナル映像表示装置を提供できる、<2>ブラウン管のように健康に有害な電磁波を画面から発生しない、<3>高圧電源を必要としないから、身体に対する安全性が高い、<4>装置全体の小型、軽量、低消費電力化が可能となる、<5>レンズの拡大に伴う収差の発生がない、<6>圧迫感、密室感がない、<7>コントラストが高く、画像品質がよい、等の各作用効果は、いずれも主として映像表示装置に透過型液晶パネルを採用したことに起因するものであり、また、<8>利用者の頭部に平均して重量がかかり、装着感がよく、ずれにくく、長時間の使用にも疲れない、との作用効果は保持手段として頭部に装着する方法を採用したことに起因するものであることは明らかであって、前者は引用発明2から、後者は保持手段についての周知の技術的事項からいずれも予測可能なものであって、これらの作用効果を当業者が予測し得ない格別のものとすることはできない。
(4) 原告は、審決が各相違点についての判断を別々に行った点を非難するので、最後にこの点を検討すると、これまで説示してきたところから明らかなように、本願発明の相違点AとBに係る構成は、格別の技術的結付きないしは関連性を有するものとはいえないのであり、このことは本願発明の奏する作用効果が各相違点に係る本願発明の各構成にそれぞれ起因して生ずることからも明らかである。そして、上記各相違点に係る本願発明の構成の組合せに格別の困難性がないことは既に説示したところから明らかであるから、原告の主張は各相違点の技術内容の関連性についての理解を誤るものであり、審決の各相違点についての判断に誤りはない。
5 以上の次第であるから、取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はないというべきである。
6 よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)
別紙図面1
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別紙図面2
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別紙図面3
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